続・情報社会のアイドルコンプレックス

今までの人生の全てを伏線として回収できるように頑張ってるブログ

くもり

凄く落ち込む事があった。そういう知らせがあった。またかよ、というか遂にか、と言うか、休憩に入ってすぐにその連絡に気づいた。どう処理して良いか分からず取り敢えずざわざわした休憩室には行きたくなくて、ひとりきりになれる非常階段に逃げ込み隅に丸くなった。一人になりたいのと近くに居たいのとが丁度よく合わさった良い場所で良い位置だった。泣きたいのか泣けないのか悲しいのか悲しんでもいいものかも分からないし、最終的にもう休憩から戻りたくなった。

 

暗いよーと言われて迷ったが理由を話した。説明してしまうことが結局1番簡単だから。心配して帰っても良いよ、とか早く帰してあげてとか言って下さったけど、何より一緒に居たかった。一瞬泣きそうになったけど、その方が私にとって安定すると知っていたから。

良いこと欠乏症なんです、と言おうとしてやめた。もう倒れそうだったけど話しているうちに良くなった。まほう。おちついた。不思議なくらいおちついた。依存。言いたかったことはひとつも零さず帰った。

きっと今じゃなくてもっと対峙してしまった後にもっと必要な時が訪れてしまうのだろう、と思ったから取っておくんだ。塞き止めておこう。塞き止めておけるまでは。必要で毎日が大切。ないしょ話はずっと出来てない。

 

 

最終発表会

クリスマスがやって来る。あと2ヶ月で今年も終わる。平成が30年目になる。お正月が来てバレンタインが来る。私はバレンタインをしたことがない。チョコをあげたことがない。クリスマスがやって来る。年末年始。ニューイヤーズイブ。。。

 

 

1年の最後、ニューイヤーズイブをどう過ごすかは私にとっては大切な事だ。クリスマスも好きだけどもっと特別な日だ。

 

 

ないしょ話をしようと思ってはやめる。タイミングを見計らっては諦める。私の秘密は尊い。三歩進んで二歩さがるならまだ良くて、最近は二歩進んで三歩さがっているかどうかも危ういけど時間は一方的に進むだけだ。

 

一方的。一方的な関係。

 

奥歯が欠けている気がする。

 

やさしさ

こんなくだらないことでグダグダ思い返してぼーっとして、我ながら退屈なんだなあと思う。やさしさの搾取だなんて思うなら初めからやさしくなんてしなければいいのに、“何事もやらないで後悔するよりやって後悔する主義”なので結局悩んでやってみるのである。

いいことないかなって言ったら「ミスタードーナツに行けばいいよ」と言われた。割といいことないかなって言いがちな私だけど初めて言われた。そうだった。けどミスドは、ミスドは魔法ではない。ミスドは魔法ではない。ミスドは魔法ではない。けどミスドは。こうやって緩やかに思考を停止させていってなんか言った気になってく。

絶対バレたくないくらい些細な会話も何度もイメトレしてやっと口にできる、小さな私の毎日を砂嵐のように消していく。歳を重ねると忘れちゃうんだって。

何がどのくらい染み込んで届くのか、知りたくて知りたくないを繰り返して年が暮れるのだろう。来年はもう覚えてないのではないか。

穏やかな平和な平日に辿り着きたい。

最近は毎朝、化粧という実験的アート活動を楽しみながら生きてるくらい器用な私はもう眠い。

 

 

パパが行方不明になった

ひやひやする程の貧血で、視界は暗いしぼんやりするし寒くなるし痺れ出すしもうダメだった。

全然思う様に出来ないし、分かってるのに出来ないし、完全に依存だし、良くないし、恥ずかしいし、完敗でした。そして誰も問題に気付いてない。気付かせてはいけない気さえする。

泣きそうだったけど泣けないし、倒れそうだったけど倒れないし、汚いなあと思いながら色々考えつつ帰宅。

 

家では親父が待ち構えていて、寿司を食え!と言って風呂に入った。ぼんやり食べながらぼんやりほうれん草とか肉が食べたいのになあと思っていると、風呂上がりの親父が、コロッケも食べて良いよと言うので探したがメンチカツしか見当たらず、メンチカツを温めたらこの世の終りみたいに激怒しだした。一通り全否定したら、デザートを勧めてきた。

 

相変わらずわけわかんねぇなあ一生この親父とは分かり合えないぜ…と思っていたら、急に「なんだこれ!!!」と親父が携帯電話を見つめて徒ならぬ声を上げた。

 

「パパが行方不明なので実家へ行きます」と母からのLINEだった。

つまり私の母方の祖父が行方不明になったらしい。私にとってはずっと前から行方不明だったパパ。私は母方の祖父をパパと呼んでいた。お祭りの日、小学生だった私に千円をくれたのが最後のパパの記憶。気が付いたらパパは居なかった。それまでもパパとは交流が無かった。ママ(母方の祖母)とパパ(母方の祖父)は気が付いたら別居していた。父方の家族については、以前もブログで触れたが、つい数年まで全く知らなかったし会ったことも無かった。

私はおじいちゃんという存在に全く馴染みがないし、お爺さんという人種が苦手でさえある。

 

今日仕事中に見かけたお爺さんは、漏らしているのかズボンに大きなシミをつけていて、大声でしばらく店員さんに話しかけていた。何処から出せばそんな声になるのかと思うほどガミガミした声で、何を言っているのかこちらからは全く聞き取れなかった。でも何となく怒っている訳では無い様子だった。

 

パパが行方不明。行方不明ってなんだろう。パパって何だろう。パパが行方不明。一つ一つ噛み砕こうとしても、一つもピンと来ない。私が貧血だからわからないのだろうか?こんなにつらつら書いてるのに?

母は叔母は多分悲しいのだろう。ママ(母方の祖母)は大丈夫だろうか?ずっと会っていない叔父は知っているのだろうか?来月の旅行はどうなるのだろ。…パパは生きているのだろうか?行方不明って、生きているのかもわからないってことか!私にとってパパが行方不明という事実より、その事が私にどう影響するのか、しか問題では無いことに気がついた。

 

 

 

 

 

 

ねつ

スルースキルが発達した現代人は、当たり前をきちんと言葉にして発信出来る人間を重宝し始めた。ゴッホよりピカソよりラッセンが好き!と歌い踊るのを観るだけで、人は気持ちがスッキリしたり勇気を貰ったりい笑ったりした。当たり前を真っ直ぐに伝える難しさとか、向き合わない事へのカッコ悪さと向き合う事へのカッコ悪さ。絆って言葉がやたら流行った時の悪寒。

 

単純なことこそ何故か上手くいかないケースが多くて、そのシンプル化スマート化が重要になってくるのは現代の風潮のせいなのか、年頃の問題なのか、はたまた性格的な問題なのか。

 

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好きに対してしか姿勢を正せないので、意図的に好きに埋まって行くことで鼓舞するタイミングが多々ある。最近つまらないなーとか。

 

そんな時に単純に好きという真っ直ぐな感情だけで進んで行けたらいいのに、歪んでしまう…歪んでしまった、歪んでるんです今。絶賛ひずみ中です。

 

今までにもそういう傾向はあるにはあったし割と自覚していたんだけど、その対象の人が、割と何でも受け入れてくれる様な包容力も売りに出来るレベルの、なんならその対象の人も自分よりそういうエモさが凄い人で。

あと今までは、好きになったとか気になったタイミングと、現場で生で見たり接触するタイミングの間隔が狭かったり同じだったりすることが多かったのに、今回はそうじゃなかった。あまりにも募り過ぎた。

 

多分小学生の頃から見ていて好きだった人に、つい数ヶ月前まで、会いに行く発想が無かった。当たり前のようにずっとテレビに居て、ずっとあー好きよ、くらいのおざなりにいた。何年か前にも集中的にWikipediaとかネットで色々検索していた時期もあったけど、好きってわざわざ言いたくない好きだった。でも、立ち止まって自分の中で向き合い見つめた時に、私の中で好きでいた対象と、今の対象に時差と言うかギャップが生じていた事に気付いた。そう言えば、今の対象をちゃんと見ていないな、もっと丁寧に向き合いたい!と。前から素敵だけど今もずっと鈍らず輝き続けている人だから。ギャップに気付き修正に入った結果もっと好きになった。

 

この2ヶ月くらい、情報を漁り掻き集め、遂に初めて現場へ行った。初現場でいきなり初接触の機会があるイベントで、元々接触は苦手なので今まで以上に挙動不審になり、意識は吹っ飛び、自分が本格的に気持ち悪い人間だと改めて自覚した。

初めて生で見た一瞬に、本当に存在してたんだ!と今更で最近は誰にも思わなかった気持ちになった。握手してくれたのに全く顔を上げられず、拝み倒す事しか出来なかった。せっかくその日に美容室に行ってカットとトリートメントとヘッドスパをしてもらって、新しい香水を付けてマウススプレーも買って使ったのに。

ここまで真っ白になる初めての感覚に、自分でも驚くくらい改めて好きなんだなと思った。

興奮と不甲斐なさと羞恥心で眠れず、次の日も反芻してセンチメンタル過剰で、その数日後もずっと勝手に心臓がバクバクして苦しくなった。

 

最早、私は一体どんなスタンスで生きれば良いのか悩み出した。ガチ恋?そんなの苦しいだけだよな、

 

 

 

 

 

人間としてポップに生きるセンスがある人に羨みながら生きてる

 

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さてここまでが8月2日に書きました。今は丁度9月2日.もう一ヶ月経ってしまった。言葉に育ちきらず置去りになっていった数々の熱。

 

今は帰りの電車で向かいにベビメタのTシャツを着ている太ったおじさんをチラチラ見ながら、スカスカの頭で書いています。

 

あんなにこみ上げていた熱が、確かにここにあった熱が、今はもう無いのです。“こんなの初めて!!!”って思ったのに。

今は酸素が脳に届いていない様な、この頭蓋骨の中でふわふわと脳が浮いている様な感覚でぼんやり惰性の様な1日を過ごしてしまった。惰性。毎日は手作りなのに。一つ一つ作り上げてこなしていかなくてはいけないのに。なんかぼろぼろだしふわふわだしすかすかだし

ベビメタおじさんは「あ、もしもしお疲れ様です、スズキさんて来たみたいねー」と通話を始めた。想像よりは柔らかい口調だが電車内だぞ、という乾いた熱で見つめてみたが全く気づかれない。

 

 

 

憂鬱。憂鬱なんて、

 

 

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さて現在9月10日昼になってしまいました。

 こんなに時間かけても意味無いのになかなかまとめられなくてこんなになってしまった。激し目の熱は渇き、憂鬱を誘発した。

人のおもちゃになりたくない私はおもちゃ屋さんになった

7月は1度もブログ更新しなかったのに何故か200アクセスくらいある。謎にありがとう。どういう経緯で辿り着いたのか分からないけど私という発信の存在を忘れないでくれて。ブログを1ヶ月更新しないとはてなブログから催促のメールがくるのね。

 

7月中に上げようと思って下書き保存してたんだけど出来なかったや。最近あんまりタイムリーな行動するの好きじゃないみたい。わざとズラしたりが気分。

 

私は私のやり方で、私が納得出来る生き方をちゃんと送るために頑張ってます。逃げていたことに向き合ったり、挑戦することを恐れない。みんなオーディション探してきて受けたり、撮影したりをしっかり続けてて、私も気持ちが折れないようにと思う。

 

何も無かったがあったので、色々な事を感じた。よくわからない人のおもちゃにはなりたくないな、汚い大人なんて知りたくないな、という気持ちが強まった。おもちゃになりたくない私は、おもちゃ屋さんになりました。子供たちに良質なおもちゃを!

 

踊る阿呆に見る阿呆同じ阿呆なら踊らにゃ損損だけど、ただ踊れば良いのでは無いので、阿呆は阿呆なりにも良い踊りがしたいわけです。

 

 エキストラとか自撮りとかキャスとかは多分もうしないかなー、これからはそういうのじゃないけど、そういうのも頑張ってた私にもちゃんと意味があったし忘れたくないけど、しばらく興味が向かないでしょう。

 

何も諦めた訳じゃないけど優先順位があるだけで。

 

さて、書きたかった事が今ならかけそうだから逃さず次のブログ書こうかな! 

 

 

 

その程度

雑音を聞きたくなければ前へ進もう。現状に不満があるなら打破する為行動に出るべきだ。進化しようとしない奴は馬鹿だ。努力しない奴は馬鹿だ。

 

色々な事情があってなかなか身動きが取れない時もあるし、新しいことに挑戦するのは、行動するのは簡単な事じゃないけど、頑張っても思うような結果が得られない時もあるけど、それでも頑張るのが生きるってことだと思う。

 

頑張りを正当に評価出来る相手がいないとなかなか始まらないのだけど。

 

 

 

さて、前回のブログに書いたような感じで、意識的に数日間Twitterを開かないでいました。

Twitterは向き合わなければいけない現実、ではないんですよ。ただの一つのカルチャーですから。私は私に必要なものだけを選択して過ごすんですよ。まともだから。

 

でもね、ずーっと書かなきゃ残さなきゃ出さなきゃって思いながら書けてないこともあるし、気になることもあって。

 

ミスiDのカメラテストがありましたね。私は落ちた身ですから、やっぱり悔しい気持ちもあるだろうし見たくないなーなんて思ったり、でもふたばちゃんはどうなるんだろうなーとか、ふたばちゃん東京に来るなら会いたい気持ちもあるけど、忙しいだろうなーとか。前に1回会おう!って約束しちゃったんだけど流れちゃったこともあったから。

 

そんな中ふたばちゃんがカメラテスト後の率直な感想を書いたブログが上がったので早速読みました。

 

http://www..com/http://pinkdark68.hatenablog.com/entry/2017/06/26/182450

 

ものすごく真っ直ぐでまともな人だと思う。今はふたばちゃんしか見たいと思えない。厄介枠って何だよね、ただただ失礼だよ、真正面から正々堂々とぶつかってるだけなのに。それこそ語彙力(笑)って思うけど。そんなのが審査員なんだよ?今年で終了で本当に良かったねー!

 

所詮はビジネスなんですよ。本人が本当にやりたいことを出来る場所や機会を与える為のものじゃないし、純粋な世界じゃないんだよ。正直者が馬鹿を見るようなさ。話題性とかビジュアル性が問題なの。

それでも求められてることを分かっちゃう器用さがあるからさ、それをやっちゃうんだよね、悔しいけど。求められてるからやっちゃっただけなのに、本領発揮!!!とか言われたらムカつくよね。私の何を分かったつもりになってるのって。上手く丸め込めたとでも思ってんのかね。

 

私は純粋に文芸をやりたくて受けたけど、そこで落ちて色々考えてそういう答えにたどり着いた。私は自撮りもあんまりしないし、そもそも別に目立ちたくないんだもん。私かわいいでしょーとか思わないしやりたくないよ。ギリギリ私は私を諦めたくないだけで。

 

だけど世間的にはやっぱり顔が見えないとダメな風潮があるでしょう。生産者の顔が見える野菜の方が何か好感をもてるでしょう、あれ顔が分かった所でなんなの?って謎です。

それに加えてやっぱり一応ミスコンですから、ベースとして可愛いが前提にあるんですよね。もしくはそれに勝るインパクト。

去年の感じを見ていると、インパクト枠はもうただのインパクト枠で賑やかしとして扱われて引っ張るだけ引っ張って賞も貰えてなかった印象。文芸賞もやっぱり綺麗とかかわいいとか文芸だけじゃない、というか文芸賞って賞の項目は何らかで評価を漏らすには勿体無いから後付けみたいなさ、みほシロウトだからよく分かりませんけど!

 

 

そもそも人を評価するってめちゃくちゃ難しいことだと思うよ。そんなのそもそも測れないものだよ。

 

カリスマサイドのオーディションに行った時に、オーディションって審査する側もめちゃくちゃ大変なんだって事がよく分かった。聞こえてきたし。一番濃い部分を全力でぶつけられるんだもん、しかもそれを一日中何人も何人も見て評価しなきゃいけないの。お疲れ様。

 

 

それでもさ、受けたダメージを先回りして包んで、こうだから仕方ないもんねって全部処理し続けるのもストレスなんだよ。

 

ちょっと話が5月に戻るんだけど、凄い我慢してた事があって、口下手だしなるべく友達にも言わなかったし残すことじゃないかなーとも迷ったんだけど、

水野しず 公式ブログ - なにか力になりたい - Powered by LINEこのブログを読んだ時にもやっぱり書かなきゃって思ったし、

今回も思い出したので書きますが、

 

書類選考の為に一応ポートレートを撮ってくれるカメラマンを頼んだんです。何年も前からInstagramで相互フォローだった高校を卒業したばかりの美大浪人生の男の子に依頼した。ポートレートなんてやったことないし、そもそも写真を撮られるのは大の苦手なのに、会ったこともないかなり年下の男の子に依頼した。以前から写真の世界観が好きだったから、思い切ってみた。

撮影当日、結論から言うと最悪だった。

私がポートレートに慣れていないのも大いにあると思うけど、相手の男の子が残念だった。

一番衝撃的だったのが、美大に入る為浪人している予備校生という彼に、

「私も一応デザイン系のクラスだったんだよ」と話したら、

「でも実際今は関係ない仕事をしてるんですよね?」と言われたので、

「それでもそういう勉強が出来て良かったと思ってるよ」と答えたら、

「うーん、俺もその程度になっちゃうのかなー?」と言われたこと。

美大なんて行っても就職の保証が無いよね、という不安な気持ちも痛いほど分かってしまうしそんな失礼な発言も注意出来なかった。私は、今は直接的にデザインの仕事をしていないけど、まだ生きてるんで、死んでないんで、先があるんですよ。だし、小さい事でも経験が生きる瞬間ってあるんですよ。現に新しいことに挑戦しようとして、依頼したわけだし。

普通に考えて10歳近く年下の子がそんな舐めた口きいたらブチ切れても良いんじゃないかと思う。けどそんな気力が湧かなかった。その日のさあ撮影しましょうって時にそんな会話からスタートして、その後もこの前めっちゃ酒飲んで二日酔いしたなんて若気の至りをドヤされてもお姉さん呆れちゃうだけでした。

ブライダルカメラマンを目指すと言う彼は残念ながらその道は無理だと思う。気分悪いまま撮影して全然気持ちが乗らないしフォローもないし、それでも気持ちを切り替えてどうにか立て直そうとし続けたけど。

なんか頑張らなきゃと思って裸足になって道路に座り込んでみたりしたけど、通行人に「大丈夫ですか? 」って普通に心配された。ギリギリ声掛けちゃいけないレベルじゃなく声かけられるレベルのヤバい人に成り下がった。何やってんだかわかんなくなった。それをどっかから写真に撮られた。

 
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ちょっとタバコ吸ってきて良いですかって彼は喫煙所に消えたし、高校卒業してまだ未成年だけどお酒もタバコも覚えちゃって嬉しくて仕方ないんですねー、もうとにかく無かった。凄くイライラしたから帰ってから自撮りしまくった。使いきれなかったモチベーションも消化不良でパンパンだったし、せっかく無理を言ってお休みもらったのにせっかくトリートメントしたのに勿体無い!なつきちゃんに自撮りのコツも教えて貰いながら珍しくTwitterにも上げた。

撮った写真は編集してデータで送ると約束したが、一週間後の書類選考締め切りギリギリまで連絡はなく、結局時間がなくて編集出来なかったと言われ、元のデータだけもらった。せっかく頑張ったのに勿体無いのでそこからも写真を選んで書類を送ったのだった。

 

 

 そんなこんなもあって、疲れちゃったし、なんか合ってなかったんだよね。自分に合ってないことするのは疲れるよね。適所適材、苦手から逃げるんじゃなく自分に合ってるのを探すよ!

 

価値観の合わない人は、時には正面からぶつかってちゃんと伝えてみるけど、結局価値観が合わないから話が噛み合わなくなりがちなんだよ。去年も今と同じくらいの時期に同じ様な事を思ったよ。そういう時はほっといて先に進むしかないよ!それでぼっちになったとしても私は進むことを選ぶし、選んできたよ!