続・情報社会のアイドルコンプレックス

今までの人生の全てを伏線として回収できるように頑張ってるブログ

「ダッチベイビー食べたい♡」って言ったら超卑猥な意味だと勘違いされた(親友に)

先日、唯一の自他ともに認める親友関係であるMと映画を観に行った。

去年くらいに、「ディズニープリンセスの中で自分と同じタイプって誰だと思う?」と聞くと「美女と野獣のベルかな」とMは言った。納得だった。美人だけど少し風変わりな彼女にピッタリだと思った。だから美女と野獣の映画に誘った。

 

彼女と出会ったのは、小学3年生で私が転校してきた時であった。同じクラスになったMとOと私は、共通点が多かった。1年生で転校してきた6月25日生まれのOと、2年生で転校してきた7月25日生まれのMと、3年生で転校してきた5月25日生まれの私はすぐに仲良くなった。初めて、本当の友達ができたと確信した。私が25という数日に特別感を持つようになったのもこの頃からかもしれない。

 

私達は子供の頃から、気づかなくてもいい事に気づいてしまう生きづらいタイプだったんだと思う。生きていく為に、諦めることを覚えた、そんな価値感が今もお揃いだ。

結局Mとは1度しか同じクラスになれなかったが、今でも仲良くしてくれていて一番長い付き合いだ。小学校生活の多分ほぼ毎日一緒に帰っていた様な気がする。

 

例えば、他に友達がいなくなってしまっても、Mさえ友達でいてくれれば多分私は平気だと思う。もう20年近く友達でいてくれるMは、超美人で頭も良くてセンスも抜群な自慢の友達。

 

ラムタラから流れるaikoの歌声に会話が止まる。どうしてaikoの歌声は一瞬で切ない空気にしてしまうのだろう。歌詞が聴き取れなくても、そのメロディーなのか声質なのかが全てをぶった斬る。「aikoの音楽が街中に流れない世界に住みたい」と言うと「どの星でも無理だよ」とMは笑った。私達は決してaikoが嫌いな訳では無い。サチモスが嫌いな訳では無い。あざとい女が嫌いな訳では無い。星野源が嫌いな訳では無い。何なら寧ろ好きだ。Mはaikoのライブグッズの何か輪っかを携帯に付けていたし、サチモスのCDも全部持っているらしいし。星野源のライブも映画も2人で行った。ただ許し難いのだ。

 

お揃いの眼鏡で映画を観て一緒に涙をこらえ切れず泣いた。映画館から出て歩きながら何か食べようと店を探している時に、Mから言い出した、女みたいな食べ物が良い、女がいる所に行こう、という流れで私は

「ダッチベイビーが食べたい♡」と言った。

後で聞いたところ、ダッチワイフよりもヤバイ何かだと思ったという。分からなくもないが、ダッチベイビーはパンケーキのような女が好きな甘いやつ、だ。お店の前に来てやっとダッチベイビーという食べ物が存在している事に納得してくれた。

オシャレなスイーツ食べ放題のお店も覗いたら良さそうだったけど、結局、Mはダッチベイビーという名前を、口にしたいだけのように「でもなーせっかくだからダッチベイビー…」と何度も言っていたのでダッチベイビーのお店に決めた。

 
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Snowで撮ると美味しくなさそうと笑われた。

 

会うはの年末ぶりだった。ここ数年は年に2-3会ほどしか会っていないが話題が尽きたことはない。音楽の話、仕事の話、映画の話、ダッチベイビーを食べながら話した。初めて食べたダッチベイビーは思いの外量が多くて女って凄いなと頷きあった

 

そんな私達は、合言葉のように最終的には「森山直太朗と結婚するのが一番良い最終目標」

 という話に終結する。森山直太朗は私達の最後の希望の光なのだ。